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サーフィンの歴史

サーフィンの歴史は大きく二つに分けられます。

サーフィンの歩み

古代サーフィン : he enalu

◆このスポーツを発明したのはハワイやタヒチに住んでいた古代ポリネシアの人々ですが、古代サーフィンつまりサーフィンの起源はあまりに古くていまのところいつ始まったのかははっきり解っていませんが少なくとも西暦400年頃にはサーフィンの原形のようなものがすでに存在していたようです。ですから大変古い歴史を持ったスポーツだということは理解してください。

 

◆そしてこのサーフィンというスポーツがどのように誕生したのでしょうか、それは古代ポリネシア民族のライフスタイルと密接な関係がありました。海の民といわれる古代ポリネシアの人々は大航海時代といわれたコロンブスやマゼランの時代よりもはるか以前から大洋を航海する高度な技術を持っていました。そのような彼らの発明の一つにアウトリガーカヌーがあります。カヌーの片側を支持する浮の着いたこのカヌーは転覆に強く、彼らはこのカヌーで珊瑚礁の外へ漁に出かけました。珊瑚礁には毎日のように波が押し寄せていますから、カヌーが漁から帰るときに必然としてその押し寄せてくる波に乗ってしまうわけです。きっと波に乗るのが上手な漁師はみんなに尊敬されたことでしょう。漁業の技術の一つであったその”波乗り”が、いつのまにかあまりの楽しさのためにが娯楽として一人歩きを初めて、そしてカヌーは次第に小さくなり、オロとかアライアと呼ばれるサーフボードの原形が誕生したのだと思われます。

 

◆サーフィンはたいへん盛んに行われていたようでチャンツといわれる古代から口伝されている詩にはたくさんこのサーフィン he enalu が登場してきます。たとえばサーフィンで決闘した勇者たちとか山の部族に嫁いだためにサーフィンができなくなって悲しんだ女性の話しとかいろいろあります。このユニークなサーフィンというスポーツは古代ポリネシア民族の儀式にまで登場しこの文化の中心的存在にまで上り詰めていきました。

 

◆ヨーロッパ人で初めてサーフィンを目撃したのはイギリス人の探検家ジェームス・クック船長です。彼はタヒチとハワイでサーフィンを目撃してそのことを航海日誌に書き残しています。しかし残念なことに彼の発見によってポリネシアの島々にヨーロッパの文化や宗教が押し寄せました。宣教師たちは布教の妨げになるためサーフィンを禁止してサーフボードを取り上げて燃やさせてしまったのです。ここに古代サーフィンはここに終焉を向かえたのです。

 

 

近代サーフィン と デューク・カハモナク

◆20世紀初頭になって再びサーフィンをする動きがハワイで起こりました。再び教会の人々はこれを阻止しようとしましたが、ワイキキの海岸だけは黙認しました。理由は解りませんが、ヨーロッパやアメリカから移り住んでいる人たちを海難から守るという意味があったのかもしれません

 

◆これがきっかけとなりハワイアンだけでなく移住してきた人達もサーフィンを楽しむようになります。そのなかにジョージ・フリースという青年がいました。彼はカリフォルニアに始めてサーフィンを伝えた人でハンティントンビーチで初めてサーフィンのエキジビションをしました。また彼はカリフォルニアの最初のライフガードになり1907年には日本人の漁師を七名救助したという記録も残っています。ハワイも急速な観光地化に伴ってライフガード組織が必要になりました。

 

◆その主要な役割を担ったカハナモク家の長男が「近代サーフィンの父」と呼ばれるデューク・カハナモクです。サーファーとしてそしてスイマーとして卓越した技術を持っていたデュークは1912年にストックホルムオリンピックのアメリカ代表として出場し 100mm自由形で世界新記録を容易に達成します。しかもそれから17年間世界一の座を維持し続けました。一躍世界的なスターとなったデュークは世界の水泳競技大会に招待されるようになります。デュークは招かれた国々でチャンスがあればサーフィンをしてこの素晴しいスポーツの普及に努めました。

 

◆特に1915年の1月15日にオーストラリアのシドニーで行ったエキジビションは有名で、それによりオーストラリアではサーフィンは国民的なスポーツとして大きな発展を遂げています。デュークの偉大な功績により近代サーフィンの礎が築かれたといっても過言ではないでしょう。彼の偉業を称えるためにハワイのワイキキ海岸とオーストラリアのフレッシュウォーター海岸には彼のブロンズが建てられています。

 

◆こうして産声をあげた近代サーフィンは世界の各地で急速に発展します。とくにハワイ、カリフォルニアそしてオーストラリアではサーフィンクラブがいくつも組織されて独自の個性を持ったサーフィンスタイルが確立されていくようになります。サーフボードも、熱心で独創的なアイデアを持ったサーファーたちの試行錯誤によって発達していき、第二次世界大戦の後には現在も主流をなすグラスファイバーとウレタンフォーム製のサーフボードが誕生します。そのサーフボードの発達に伴ってサーフィンのライディングテクニックも高度になり現在もさらに進化しています。

 

◆そしてサーフィンのスタイルも多様化していきました。サーフボードにセールを取り付けたボードセイリング(ウィンドサーフィン)や足ヒレを着けて腹ばいになって滑るボディボードなども現在では別個のスポーツとして世界的に普及しているのはいうまでもありません。またサーフボードにストラップを着けてジェットスキーの補助を受けながら、ライディング不可能とされていたビッグウェーブを征服するトゥーインサーフィンという新しいサーフィンも生まれています。将来は普通のサーフィンにもストラップを着けるのが常識になるのではという予測もあります。また過去のものとされていたロングボードという1960年代に一般的であったサーフボートが復活してサーフィンの未来に新しい方向性を示しています。

 

◆日本のサーフィンが産声を上げたのは1960年の頃、アメリカ人が湘南や千葉の海でサーフィンを楽しんでいるのを地元の少年たちが模倣して自作の「フロート」と呼ばれたボードで初めたのが最初だといわれています。そして1965年にはその青年たちによって日本サーフィン連盟が発足し翌年の7月には第1回の全日本選主権が99名の選手のなかで競われました。そして34回を数える1999年大会には過去最大の1100名の選手が出場しました。日本サーフィン連盟は多くの優秀なサーファーを数多く輩出し日本のサーフィンの発展に大きく貢献してきたといえます。まさに日本のサーフィンの歴史は日本サーフィン連盟と共に歩んできたといえるでしょう。

 

日本サーフィン連盟の歩み

1. サーフィンの歴史と日本サーフィン連盟の創立

サーフィンはハワイやタヒチに住んでいた古代ポリネシアの人々が、西暦400年頃に始めたとされています。その後、20世紀になるとアメリカ本土に伝えられ、カリフォルニアを中心として急速に人気を得たスポーツです。
そのなかにあって、1912年ストックホルムオリンピックと1920年のアントワープオリンピックの100メートル自由形で優勝した、ハワイ出身のデューク・カハナモクはサーフィンの愛好者でもあり、世界中にサーフィンを広めた人物とされています。
日本では、1960年頃に駐留アメリカ人が湘南や千葉の海でサーフィンをはじめ、それを見ていた少年たちが模倣して自作のボードで初めたのが起源と言われています。その後、1965年には愛好者により日本サーフィン連盟が発足し、翌年には第1回の全日本選手権大会が約100名の参加で開催され、2015年には第50回の記念大会となる全日本選手権大会が約1,000名の参加で開催する予定です。
近年においては、国民体育大会のデモンストレーション行事として実施されることが多くなり、2013年東京都大会、2015年和歌山県大会、2016年岩手県大会で実施もしくは計画されており、競技スポーツとして着実に発展してきています。

2. 国内活動の概要

当連盟は1965年に創立され、現在では全国に70支部、会員数は約13,000名(競技者会員約11,000名)を有する団体となっています。国内の主な活動は、全日本サーフィン選手権大会をはじめ国内4大会を主催するともに、各種サーフィン競技大会の公認、世界大会への選手団の派遣、選手の強化育成、各種技術に関する資格の審査、安全と事故防止のための活動等を実施しています。
また、環境保全の活動として全国一斉の海岸清掃活動を、毎年9月に全国約100カ所で約9,000名の参加で実施しています。
なお、当連盟は2011年に一般社団法人化し、現在は公益社団法人化へ向けた検討を進めています。

 

3. 国際活動の概要
(1)国際サーフィン連盟との関係

当連盟は、IOC承認国際競技団体連合(ARISF)の国際競技連盟(IF)に属する国際サーフィン連盟(ISA)の国内唯一の団体です。国際サーフィン連盟には1984年に加盟し、世界大会へ選手団を派遣しています。
また、国際サーフィン連盟の総会及び各種会議へ出席し意見を発議し、アジア地域を代表する団体として貢献してきました。

(2)国際大会への派遣実績等

① アジアビーチゲームズへの派遣
アジアオリンピック評議会(OCA)が主催し、2008年にインドネシア・バリで開催された第1回アジアビーチゲームズへ参加させていただき、団体戦の準優勝をはじめ、計6個(金2、銀2、銅2)のメダルを獲得しています。
② 国際サーフィン連盟主催大会への派遣及び日本開催
国際連盟が主催する世界大会18回、世界ジュニア大会22回、その他の大会6回の計46回の国際大会へ選手団を派遣するとともに、1990年には日本で世界サーフィン選手権大会を開催しています。
③ ワールドゲームズへの参加
サーフィンはワールドゲームズの公式競技とされており、国際サーフィン連盟(ISA)は国際ワールドゲームズ協会(IWGA)へ加盟し、当連盟は日本ワールドゲームズ協会(JWGA)に加盟しています。

(3)国際大会への選手選考

アジアビーチゲームズ、国際サーフィン連盟が主催する世界大会等へ選手を派遣するにあたっては、当連盟に所属する競技者及びプロ団体等の競技者も含め、当連盟が競技者を選考し派遣しています。

2014年11月5日現在

 

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